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松村堂

気になることは、気にとめる事にしました。

人は、いつまで自分を磨くのか

勉強中

 最後はのんびりか最後まで突き進むか

「充分やったのでいいんです」と言い出す時

今日は一段と花粉が飛散して僕も悲惨な事になってます。天気がいいと気持ちまで清々しくなるのですがとにかく微妙な目のかゆみと微妙な鼻づまり、それに微妙な鼻水が仕事に若干ですが影響してきます。お客様との商談中も等間隔で鼻水をすすってしまい「きっと不快な思いをさせているだろうな・・・。」なんて思いながらの今日この頃です。僕は、もともとハウスダスト以外年中花粉と戦う花粉症なので辛いのがスタンダードになってしまっているのです。強いて言うならば、何時もより鼻詰まりがキツイとか、何時もより目が痒いとか何時もよりが付く程度なんです。期待はしませんが都市伝説にもあるこの手の花粉症は、突然治ることも有るとか無いとか噂も巷に流れています。何れにせよ期待せずにその時を待ちたいと思います。

 

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さて、自分磨きの話をする前に仕事場の同僚について少し触れたいと思います。
同僚といっても厳密には上司になります。その上司が最近重い物を担いだ時に腰を痛めたというのです。よくよく聞いてみるとスクラップ同様のバイクのエンジンを無理して持って運んだそうです。それから徐々に痛さがひどくなりいよいよ昼過ぎには帰られてしまいました。僕自身腰痛の経験は、あるのですが俗に言うぎっくり腰なるものの経験は幸いまだ有りません。とても辛くて大変なのは何となく分かるのですが実際経験がないぶんなった時の事を考えると恐怖しかないです。昔から「無理はきくけど無茶きかん」などといわれているようにこれからは慎重に日常生活を送ろうと思います。

 

今になって心を動かされてた話

かなり回り道しましたが、「人は、いつまで自分を磨くのか」について葛飾北斎の有名な話があります1849年4月18日、浅草の聖天町・遍照院(現浅草六丁目)境内の長屋で病み、生を終える。享年88歳。死を前にした北斎は「せめてもう10年、いや、あと5年でもいい、生きることができたら、わたしは本当の絵を描くことができるのだが」と嘆いた。この偉大な絵師は、最後の最後まで修業をし自分自身を磨くことを諦めなかったと言います。このお話は、つい最近知ったのですがとても考えさせられました。そして時を同じくして最近読んだ堀江貴文氏の「ゼロ」にも似たような意味の話が綴られていました。人は、止まる事も進むことも自由自在に出来ます。

出来ない理由を探さず出来る方法を考えることを不可抗力が発生しない限り進み続けることが充実した人生を送れると思うようになりました。話は、少し飛躍してしまいましたが、今まで僕は、どこかのタイミングで「充分やったのでもういいんです。」のカードを出そうとしてました。でもこの考え方は、改める事にしました。僕も葛飾北斎のように周りからどれだけ認められても自分に伸びしろがあると思う限り努力する事が退屈の無い生涯を過ごせるような気がしてきました。「もういいんです。」は、僕の中で禁句にしたいと思います。

女性と男性とでは、10年以上違う

何かで読んだんですが、女性と男性とでは、ファッションに対しての興味の薄れる時期が10年以上違うそうです。若い頃からファッションに拘りを持っていた男女がいたとします。男性は50歳を境に徐々に無頓着になっていきます。気に入った洋服ばかりを身に着けるようになり自分では買い物に行かなくなり最後には奥様が用意したものだけで、まかなうようになります。女性に至っては、60歳後半から徐々にめんどくさくなり買い物などにも出歩かなくなるのです。

 

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自分を磨くにはお洒落を忘れない

お洒落に気を使っている人は若々しく楽しく話題に事欠かない。また幅広い年齢層に受け交流も深まります。逆にお洒落を放棄するとネガティブな発想になり交友関係も狭くなります。自分を磨くには外見を磨きそして内面を磨くそうする事によって相乗効果がうまれ葛飾北斎の様に死ぬまで自分を磨くことに生きがいを感じる事でしょう。